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東京地方裁判所 平成6年(ワ)2696号 判決

原告

株式会社イシダ

右代表者代表取締役

石田隆一

右訴訟代理人弁護士

浅見東司

新井野裕司

松枝述良

松枝尚哉

被告

菱電商事株式会社

右代表者代表取締役

村山俊司

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

広田寿徳

田子真也

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

1  訴外ダイヤメルテック株式会社が被告に対して平成五年八月二日別紙手形目録記載の約束手形についてした弁済行為を取り消す。

2  訴外ダイヤメルテック株式会社が被告に対して平成五年九月三〇日別紙営業権目録記載の営業権を金一五〇〇万円で売り渡した売買契約は取り消す。

3  被告は原告に対し、金三六九五万一六一〇円及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  右第三項について仮執行の宣言。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告はダイヤメルテック株式会社(訴外会社)に対し、平成五年六月中旬、電子ハカリPOSシステム(本件製品)を金三六九五万一六一〇円(消費税込み。消費税を除いた代金は三五八七万五三五〇円)、代金は本件製品の転売先である東京リース株式会社(東京リース)から訴外会社に代金が入金されたときに支払うとの約定で販売した(甲一、二、三の1、2、弁論の全趣旨)。

2  訴外会社は、直ちに本件製品を東京リースに代金四二九〇万七七四〇円(消費税込み)で販売し、東京リースは、同月二五日、株式会社ハマケイ(ハマケイ)とリース契約を締結し、また、原告は、訴外会社との間の約定に基づき、そのころ本件製品を直接ハマケイに納品した(甲一四ないし一八、弁論の全趣旨)。

3  平成五年七月三〇日、東京リースが訴外会社の第一勧業銀行神田駅前支店の当座預金口座(第一勧銀口座)に本件製品の代金四二九〇万七七四〇円を振込入金したので、同日、前記1記載の約定に基づき、原告の訴外会社に対する本件製品の前記売買代金債権の履行期が到来した(甲一八、弁論の全趣旨)。

4  被告は訴外会社に対し、平成四年一月三一日、弁済期を平成五年一月三一日とするとの約定で事業運転資金として金三五〇〇万円を貸付けたが、右弁済期限は、訴外会社の要望により、平成五年四月三〇日まで延長され、更に同年七月三一日まで延長されたところ、その際、訴外会社は被告に対し、支払期日を平成五年七月三一日、額面金額二〇〇〇万円(別紙手形目録記載の手形、本件手形)、一〇〇〇万円、五〇〇万円の三通の約束手形を振出し差し入れた(乙八、九)。

5  訴外会社は、平成五年八月二日、被告に対し、額面金額二〇〇〇万円の本件手形を決済して、前記金三五〇〇万円の債務の内金二〇〇〇万円の弁済をした。

6  訴外会社の被告に対する前記三五〇〇万円の債務から右弁済金二〇〇〇万円を差し引いた金一五〇〇万円の残債務については、平成五年八月二日、その支払期限を平成五年九月三〇日とする合意が成立し、かつ訴外会社が被告に差し入れていた支払期日を平成五年七月三一日とする前記一五〇〇万円の残債務に対応する約束手形の支払期限も平成五年九月三〇日に延長された(乙六、証人池田東一郎)。

7  訴外会社は、平成五年九月三〇日、被告に対し、別紙営業権目録記載の営業権(本件営業権)を代金一五〇〇万円で売却し、かつ右売買代金債券と被告の訴外会社に対する前記金一五〇〇万円の残債権とを対当額において相殺する旨約した。

二  原告は被告に対し、訴外会社の被告に対する本件手形債務の弁済並びに本件営業権の売却がいずれも詐害行為に当たるとして、本件手形の弁済行為及び本件営業権の売買契約を取り消し、かつ価額賠償として金三六九五万一六一〇円及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

三  争点及び当事者の主張

1  本件手形債務の弁済は詐害行為に当たるか。

(一) 原告

詐害行為に当たる。

(二) 被告

詐害行為に当たらない。

2  本件営業権の売却は詐害行為に当たるか。

(一) 原告

詐害行為に当たる。

(二) 被告

詐害行為に当たらない。

3  価額賠償の金額

(一) 原告

被告は原告に対し、原告の訴外会社に対する本件製品の売買代金債権金三六九五万一六一〇円の価額賠償をするべきである。

(二) 被告

争う。

第三  争点に対する判断

一  本件手形債務の(争点1)について

(一)  被告は訴外会社に対し、平成四年一月三一日、弁済期を平成五年一月三一日とするとの約定で、事業運転資金として金三五〇〇万円を貸付けたが、右弁済期限は、訴外会社の要望で、平成五年四月三〇日まで延長され、更に同年七月三一日まで延長されたが、その際、訴外会社は被告に対し、支払期日を平成五年七月三一日、額面金額二〇〇〇万円(本件手形)、一〇〇〇万円、五〇〇万円の合計三通の約束手形を振出し差し入れたことは前記第二、一、4記載のとおりであり、右事実によれば、訴外会社は、被告から金三五〇〇万円の事業運転資金の融資を受けた平成四年一月当時から資金繰りに窮していた形跡があり、しかも訴外会社の代表者池田東一郎(池田)において、被告に対し、右融資金の弁済期限を再三延長するよう要請し、その結果当初平成五年一月三一日の弁済期限が同年七月三一日まで延長されたことからすると、訴外会社は平成五年七月当時既に債務超過の状態にあったことがうかがわれる。また東京リースが訴外会社に対し、平成五年七月三〇日、訴外会社の第一勧銀口座に本件製品の代金四二九〇万七七四〇円を振込入金したことは前記第二、一、3記載のとおりであるが、本件証拠(甲一八、乙七、証人池田東一郎)によれば、右七月三〇日には、右第一勧銀口座からあさひ銀行岩本町支店の訴外会社の当座預金口座(あさひ銀行口座)に金二〇〇〇万円が振り込まれていること、また、右同日、右第一勧銀口座から、更に金一八五万円及び金四三三万四四五一円が引き出されているが、これは、訴外会社が従業員の賞与の支払及び運転資金として右あさひ銀行から融資を受けるための担保(ゴルフ会員証券)を取り戻すために必要であったこと、そして訴外会社は、取り戻した右担保をあさひ銀行に差し入れるなどして、右同日、同銀行から金二〇〇〇万円の融資を受け、これがあさひ銀行口座に入金されたこと、この平成五年七月三〇日の時点でのあさひ銀行口座の残高は金三一〇一万五〇五三円であったが、右口座から金二〇〇〇万円が本件手形債務の決済に使用された結果、平成五年八月二日当時の右口座の残高は金七七〇万〇五一三円にすぎなくなっており、訴外会社の前記第一勧銀口座の預金残高と合せても、訴外会社の原告に対する本件製品の代金債権金三六九五万一六一〇円を支払うことは不可能であったことがうかがわれること、訴外会社はその後の平成五年九月に従業員を解雇し、本件営業権を被告に譲渡し、かつ大阪営業所を閉鎖したことが認められる。

右の認定事実によれば、訴外会社は、本件手形債務の弁済をした平成五年八月二日当時既に債務超過の状態にあったものということができる。

(二)  ところで、債権者が弁済期の到来した債務の弁済を求めることは、当然の権利行使であって、他の債権者の存在を理由にこれを阻害されるべきいわれはなく、また、債務者も、債務の本旨に従い履行をすべき義務を負うものであるから、他の債権者があるからといって弁済を拒絶することはできないというべきである。そして、債権者に対する平等分配の原則は破産宣告によって始めてその適用をみるに至るものであるから、債務超過の状況にあって特定の債権者に対する弁済が他の債権者の共同担保を減少させることとなる場合においても、かような弁済は、債務者が特定の債権者と通謀し他の債権者を害する意思をもってしたような場合を除いては、原則として詐害行為とならないものと解するのが相当である。

本件証拠(乙八、証人池田東一郎、同松岡泰雄)によれば、訴外会社の代表者池田は、平成五年八月二日当時、訴外会社が当時債務超過の状態にあることを認識していたことがうかがわれること、当時訴外会社の経理を担当していたのは、被告から出向してきていた松岡泰雄(松岡)であったが、松岡は、経理担当取締役として、訴外会社の第一勧銀口座及びあさひ銀行口座の前記平成五年七月三〇日の金銭出納に直接関与したものであり、訴外会社が債務超過の状態にあることを認識することができる立場にあったこと、そして訴外会社による本件手形債務の弁済がされる平成五年八月二日の直前である同年七月三一日に被告から訴外会社に対する出向が解除され、訴外会社に取締役辞任届を提出して被告の職場に戻ったこと、他方訴外会社の代表者池田は、平成五年八月二日、被告からの強い要請により、あさひ銀行口座の預金から本件手形債務の弁済をすることに同意し決済をしたことが認められる。

右の認定事実によれば、訴外会社の代表者池田は、平成五年八月二日当時、訴外会社が債務超過の状態にあることを認識していたことがうかがわれ、また松岡のみならず、当時被告自体も、訴外会社が当時債務超過の状態にあることを認識していたことが推認されないわけではなく、更に、訴外会社による本件手形債務の弁済が被告の強い要請に基づくものであることも否定できないが、前記の認定事実を総合しても、訴外会社による本件手形債務の弁済が、単なる弁済という観念を超え、被告と通謀し他の債権者を害する意思をもってされたものとまで断定することはできないから、本件手形債務の弁済は詐害行為に当たらないというべきである。

二  本件営業権売却及び相殺(争点2)について

(一)  訴外会社が被告に対する本件手形債務の弁済をした平成五年八月二日に、訴外会社の被告に対する前記一五〇〇万円の残債務の支払期限を平成五年九月三〇日とする合意が被告との間で成立し、かつ訴外会社が被告に差し入れていた支払期日を平成五年七月三一日とする前記一五〇〇万円の残債務に対応する約束手形の支払期限も平成五年九月三〇日に延長されたこと、そして訴外会社は、平成五年九月三〇日、被告に対し、本件営業権を代金一五〇〇万円で売却し、かつ右売買代金債権と被告の訴外会社に対する前記一五〇〇万円の残債権とを対当額において相殺する旨約したことは前記第二、一、5ないし7記載のとおりであり、また、本件証拠(証人池田東一郎、松岡泰雄)及び前記一記載の認定事実によれば、訴外会社は、平成五年九月三〇日当時債務超過の状態にあったこと、このことを被告においても認識していたことがうかがわれないわけではないこと、本件営業権は当時訴外会社の重要な財産であったこと、訴外会社は、前記のとおり、平成五年九月に従業員を全員解雇し、本件営業権を被告に売却した後に大阪営業所を閉鎖したこと、またこの本件営業権の売買契約締結と同時に、被告と訴外会社は、被告が訴外会社に前記金三五〇〇万円の融資をする直前の平成四年一月一六日に締結した業務提携に関する契約を合意解約したことが認められる。

(二)  ところで、債務超過の債務者が、特にある債権者と通謀して右債権者にのみ優先的に債権の満足を得させる意図で自己の有する重要な財産を右債権者に売却して、右売買代金債権と右債権者の債権とを相殺する旨の約定をした場合には、たとえ右売買価格が適正価格であるとしても、右売却行為は詐害行為に当たるというべきである。

本件証拠(甲二〇、証人池田東一郎)によれば、訴外会社代表者池田は、前記一五〇〇万円の手形の支払期限である平成五年九月三〇日が近づいていたのに、その弁済の目途がまったくたたなかったところから、被告に対し、右支払期限を延長してくれるよう要請したのに、被告からこれを拒絶され、更に、右支払期限である平成五年九月三〇日には、被告から、本件営業権を被告に売却し、右売買代金債権と被告の訴外会社に対する前記一五〇〇万円の残債権とを対当額で相殺することを承諾しなければ、訴外会社にコンピューターの部品を納入しないし、前記一五〇〇万円の手形を決済に回すこととなると言われため、訴外会社代表者池田としては、前記一五〇〇万円の手形について不渡りを出すのを回避するため、やむなく被告からの右要請に応じて、本件営業権を売却し、右売買代金債権と被告の訴外会社に対する前記一五〇〇万円の残債権とを対当額で相殺することを承諾するに至ったことが認められる。

右認定事実によれば、訴外会社は、被告の強い要請にやむなく本件営業権を被告に売却して前記一五〇〇万円の残債務を決済したにすぎないものであり、訴外会社ないしその代表者池田が、当時、被告と通謀して、債権者である原告を出し抜いて、被告にのみ優先的に債権の満足を得させる意図で本件営業権を被告に売却したものと断定することはできないから、本件営業権の売却行為が詐害行為に当たるとの原告の主張は採用できない。

第四  結論

以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官濵野惺)

別紙手形目録〈省略〉

別紙営業権目録

ダイヤメルテック株式会社が行っていた三菱電気オフィスコンピュターの左記利用客に対するコンピュターのハードウエアー・ソフトウエアー・サプライ部品の販売及びハードウエアーの有償保守受託営業

記〈省略〉

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